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ひょうたん屋/瓢箪山案内     
■瓢箪山の由来
  生駒山の麓に点在する「山畑古墳群」の中でも最大かつ最古とされる、南北50メートルで1500年前の双円墳がちょうど瓢箪の形に見えるところから「瓢箪山」の名が付いたそうです。その上に建っているのが瓢箪山稲荷神社です。豊臣秀吉が大阪築城の際、鎮護神としたものと言う。瓢箪山稲荷神社はいはゆるひさご山の地に鎮り坐す保食大神(ウケチモノオカミ)の御名で、最も広く世人に親しまれて居られます。農工商業、産業の開発をはじめ、開運招福、神占、治病等のあらゆる生活の守護神であらせられます。この瓢箪山稲荷の名を全国に高めたのが、江戸時代の河内名所図絵にも出てくる「辻占」。平安時代から伝わる占いで夕方、辻に立って道ゆく人の言葉等を聞いて自分の運命を占ったもので、古くは「夕占(ゆうけ)」と呼ばれていました。これはまた、若い娘たちが恋人の訪れを待ちわびて占ったものだとも言います。同社は「辻占」の総本社として有名です。
河内国細見図の中に記されている「瓢箪山」


■安永5年(1776年)の『河内細見図』に記されている瓢箪山

■瓢箪山稲荷神社

      

   瓢箪山稲荷神社は、「瓢箪山古墳(双円墳)」の西斜面に、西面する社殿が建てられており、稲荷神すなわち保食神を祭神として祀り、辻占の総本社として知られています。社伝によると、天正11年(1584)に豊臣秀吉が大坂城築城に当たり、巽(東南)の方向からこの地に金瓢を埋め、伏見桃山城から「ふくべ稲荷」を勧請したのに始まるといわれます。幕末の頃から明治・大正時代にかけて、神社から東高野街道までの参道両側には、たくさんの旅館・茶店がならんで大いに繁盛し、大阪堂島の米相場の上り下りも、この辻占によって占われました。
以下 つづく・・・・